
フェラーリ初のEV、64万ドルの値決めの根拠
フェラーリが初の完全EV「ルーチェ」を発表。価格は約64万ドル(約55万ユーロ)。電動化=価格競争という常識に対し、最上位の値決めで臨む姿勢の裏にある構造を読み解きます。
新技術への移行期は、価格が競合とのスペック比較で決まると考えられている
新技術に移行しても、ブランドの物語が価格の根拠として機能している
何が起きたか
フェラーリは2026年5月26日、ローマで初の完全電気自動車「ルーチェ(Luce)」を発表しました。4ドア5人乗り、最高出力1,035馬力、価格は約55万ユーロ(約64万ドル)。デザインには元アップルのジョナサン・アイブ氏率いるLoveFromが参画し、納車は2026年第4四半期に始まる予定です。ベネデット・ヴィーニャCEOは「5年の仕事の成果だ」と語り、後日この価格設定を公に擁護しました。
顧客は誰で、何に困っているか
顧客は、すでに複数のフェラーリを持つコレクターを含む世界の富裕層です。彼らの困りごとは移動手段の不足ではありません。「歴史の一部を所有する機会は、一度逃すと二度と来ない」ことです。フェラーリ約80年の歴史で「最初の電動モデル」は一台しか存在しえない。加えて、環境規制や都市のEV優遇が進むなかで、内燃機関の思想を裏切らない電動フェラーリを待っていた層がいます。ルーチェはこの「待っていた顧客」に向けた回答です。
付加価値の構造──EVの価格競争から最も遠い場所に立つ
EV市場では航続距離や充電速度のスペック比較と値下げ競争が常態化しています。フェラーリの選択は、その土俵に一切乗らないことでした。
- スペックと価格の比較表で戦う
- 価格はコストの積み上げで決まる
- 「初の電動フェラーリ」という一点で戦う
- 価格がブランドの位置づけを宣言する
機能は1,035馬力・2.5秒加速という性能。便益は、4ドア5人乗りという新形態により、フェラーリの体験を家族や同乗者と分かち合えること。そして価値は、「最初の電動フェラーリ」を所有するという、後から誰も買えない物語です。
著名デザイナーとの協業や、ローマでの発表イベントという演出も含め、ルーチェは「電気で走る車」としてではなく「フェラーリの歴史の新章」として世に出されました。比較対象が存在しなければ、価格競争は原理的に起こりません。
値決めへの接続
64万ドルという価格は、コストの積み上げからは説明できません。これはブランドの位置づけを宣言する価格です。既存のV12モデルより上に置くことで、「電動化は廉価版ではない」というメッセージを顧客と市場に同時に伝えている。新技術への移行期にあえて最上位の価格をつけることで、以後のEVラインナップすべての価格の錨(アンカー)を高い位置に打ち込んだと考えられます。移行期の最初の値決めが、その後10年の価格帯を規定するのです。
今日の問い
あなたの会社が新技術や新事業に移行するとき、最初の価格をどこに置くでしょうか。「新参者だから安く」は一つの選択ですが、その価格が将来の天井になります。移行期こそ、自社の物語に値段をつける好機かもしれません。
本記事は、株式会社カクシンが提唱する付加価値経営の視点でニュースを解説するものです。


